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神戸地方裁判所姫路支部 平成11年(ワ)267号 判決 2000年7月10日

原告

相生市土地開発公社

右代表者理事

川本敏博

右訴訟代理人弁護士

川村享三

被告

岩﨑照

万徳末廣

右両名訴訟代理人弁護士

竹嶋健治

前田正次郎

吉田竜一

平田元秀

主文

一  被告岩﨑照は、原告に対し、別紙船舶並に動産目録一記載の船舶及び同目録三記載の動産を、別紙物件目録記載の公有水面のうち別紙図面の赤線で囲まれた水面から撤去して、同水面を明け渡せ。

二  被告万徳末廣は、原告に対し、別紙船舶並に動産目録二記載の船舶及び同目録三記載の動産を、別紙物件目録記載の公有水面のうち別紙図面の赤線で囲まれた水面から撤去して、同水面を明け渡せ。

三  被告らは、自己又は第三者をして、別紙物件目録記載の公有水面のうち別紙図面の赤線で囲まれた水面内に、船舶を進入させ、あるいは係留させる等して、原告の同水面に対する使用を妨害してはならない。

四  原告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告岩﨑照は、原告に対し、別紙船舶並に動産目録一記載の船舶及び同目録三記載の動産を、別紙物件目録記載の公有水面のうち別紙図面の青線で囲まれた水面から撤去して、同水面を明け渡せ。

二  被告万徳末廣は、原告に対し、別紙船舶並に動産目録二記載の船舶及び同目録三記載の動産を、別紙物件目録記載の公有水面のうち別紙図面の青線で囲まれた水面から撤去して、同水面を明け渡せ。

三  被告らは、自己又は第三者をして、別紙物件目録記載の公有水面のうち別紙図面の青線で囲まれた水面内に、船舶を進入させ、あるいは係留させる等して、原告の同水面に対する使用を妨害してはならない。

第二  事案の概要

本件は、兵庫県知事から相生港内の埋立免許を付与され、公有水面埋立権を有する原告が、埋立予定水域内の防波堤に船舶等を係留している被告らに対し、公有水面埋立権に基づく妨害排除請求ないし妨害予防請求として、船舶の撤去や進入禁止を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、公共用地、公用地等の取得、造成管理、処分等を行うことにより、地域の秩序ある整備と市民福祉の増進に寄与することを目的として、相生市が全額出資して設立した法人である。

2  原告は、公有水面埋立法に基づき、平成八年一一月七日付で兵庫県知事に対し、兵庫県相生市相生二丁目四〇八九番六五から同二丁目四〇八九番九〇、四一七八番、同三丁目四一九二番九、一一、同三丁目四二二一番三を経て同四丁目四二五四番一に至る間の土地に接する国道敷及び同四丁目四二七三番一七から四二七三番二を経て四二七三番四に至る間の地先公有水面につき、埋立免許の出願をしたところ、平成九年九月三〇日付をもって埋立免許(以下「本件埋立免許」という。)を付与された。

本件埋立免許の対象となった埋立てに関する工事(以下「本件埋立工事」という。)の施行区域(以下「本件埋立工事水域」という。)は、別紙図面の青線で囲まれた部分であり、そのうち埋立区域(以下「本件埋立水域」という。)は、別紙図面の赤線で囲まれた部分である。

3  被告らは、別紙船舶並に動産目録一ないし三記載の船舶等(以下「本件船舶」という。)を本件埋立水域内に継続的に係留している。

なお、本件埋立水域内には、従前、本件船舶を含む九一隻のプレジャーボート等が係留されていたが、原告の要請を受けた相生市において本件埋立工事水域外に仮設係留施設を用意した上で移転を要請したところ、本件船舶を除く他の八八隻は平成一一年二月までにすべて移転した。

二  争点

1  公有水面埋立権に基づいて妨害排除ないし妨害予防の請求をなし得るか(請求原因)。

(原告の主張)

公有水面埋立権は、埋立区域及び同工事区域を排他的独占的に支配・占有して埋立工事を行う権能を含む水域の占有権であるから、物権に準ずるものとして妨害排除請求権ないし妨害予防請求権が認められる。

被告らは、原告らの移転要請を無視し、本件埋立工事水域内に本件船舶を係留して、原告の工事着手を妨害しているのであるから、原告は、被告らに対し、公有水面埋立権に基づく妨害排除請求ないし妨害予防請求として、本件船舶の同水域内からの撤去及び同水域への進入禁止を求めることができる。

(被告らの主張)

公有水面埋立免許は水面の公用を廃するものではないから、公有水面埋立権は、埋立区域を排他的独占的に支配・占有する権能を有さない。したがって、公有水面埋立権から妨害排除請求権ないし妨害予防請求権を導くことはできない。

また、公有水面埋立免許は水面の公用を廃するものではないから、埋立免許が付与された後であっても、埋立区域の自由使用は妨げられないのであって、被告らが本件船舶を係留していることをもって、原告の埋立工事を妨害しているということはできない。

2  特別使用権原の存否(抗弁)

(被告らの主張)

被告らの公有水面使用は、単なる自由使用(一般使用)ではなく、「慣習に基づく公共用物使用権」による水面使用(特別使用)である。一般に、「慣習に基づく公共用物使用権」が成立しているか否かは、「その利用が多年の慣習により、特定人、特定の住民又は団体等、ある限られた範囲の人々の間に、特別な利益として成立し、かつ、その利用が長期間にわたって継続して、平穏かつ公然と行われ、一般に正当な使用として社会的に承認されるに至ったもの」という要件を満たすか否かによって判断されるべきところ、被告らの公有水面使用は右の要件をすべて充足している。すなわち、相生港における船舶係留権は、船舶所有者の間で、売買の対象とされてきており、ある限られた範囲の人々の間に特別の利益として成立していたものといえる。また、被告らの船舶係留という使用形態での水面使用は、被告岩﨑照においては昭和五〇年頃から、同万徳末廣においては平成四年頃からそれぞれ現在まで、長期間にわたって継続して、平穏かつ公然と行われてきたものであるが、被告らは、一度として第三者から水面使用について異議を申し立てられたり、その中断を求められたりしたことはないうえ、被告らの前使用者らも同様に平穏かつ公然に水面使用を継続していたものと推測でき、被告らの水面使用は杜会的に承認されるに至ったものである。

したがって、原告は、被告らの公有水面使用(特別使用)について、公有水面法五条に準ずる権利として、協議・調整をするべきであり、それらをしないで被告らを排除して埋立工事に着手することは許されない。確かに、被告らの「慣習に基づく公共用物使用権」は、公有水面法五条の権利には該当しないけれども、右のとおり特別の使用権であるから無視することはできず、何らの協議・調整を行わないまま被告らを排除して埋立工事に着手することが許されるなら、憲法二九条、三一条に違反することになる。

(原告の主張)

被告らは、相生港における本件船舶の係留権が「慣習に基づく公共用物使用権」であると主張するが、失当である。けだし、公物については慣習による権利が成立する余地はないし、行政の与り知らぬところで、民民間で金銭の授受がなされ、一種の「財産権」として意識されるようになっていたとしても、対行政との関係で権利が発生するものではないからである。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(公有水面埋立権の法的性質)について

1  元来、公有水面を支配し管理する権能(所有権)は国に属し、国から委任を受けた都道府県知事はこの権能に基づき特定の者に埋立の免許を付与する(公有水面埋立法一条、二条)。そして、公有水面の埋立をなす者は、埋立の免許により一定の公有水面の埋立を排他的に行って土地を造成すべき権利を付与され、その権利に基づき、自己の負担において埋立を行い、工事の竣工認可の申請をし、その認可を受けることにより、原則として右認可の告示の日に当然に埋立地の所有権を取得することとされている(同法二二条、二四条)。このように埋立権者は一定の公有水面を埋め立てる権能を有するのであるが、その権能は国の公有水面管理権(所有権)から派生するものであり、工事の竣工認可の告示を経た後は、埋立免許を受けた者が埋立地の所有権を当然に取得するとされていることにかんがみれば、公有水面埋立権は、埋立工事遂行の目的で、一定の公有水面を支配・管理する所有権類似の権能であるといってよい。したがって、公有水面埋立免許を付与された者は、公有水面埋立権に基づいて、埋立予定水域を使用して埋立工事の着手・続行を妨害する者を排除することができるというべきである。

公有水面埋立法の法文に即してこれをみるに、同法は、特別の利害関係を有する者(五条。以下、同法五条に列挙された者を総称して「特別利害関係人」といい、これらの者の有する利益を「特別の利害関係」という。)が埋立予定水域に存在する場合には、利害関係の調整が済むまでは埋立免許を付与せず(四条)、補償等が終わるまでは原則として埋立工事の着手を許さない(八条)こととして、特別利害関係人を保護しているところ、同法八条の反対解釈として、埋立予定水域に何らかの利益を有する者がいたとしても、その者が同法五条の特別利害関係人に当たらない場合には、埋立権者は、補償等の措置を講ずることなく埋立工事に着工してよいと解することができる。すなわち、公有水面埋立法は、埋立予定水域に対して有する利益の程度が同法五条に列挙する特別の利害関係に当たらない者を排除して埋立工事を続行する権能を埋立権者に付与しているといってよい。なお、埋立予定水域内を使用する者において、自らが同法五条に列挙する特別の利害関係を有することを抗弁として主張しうると解される。

そして、原告が本件埋立水域について本件埋立免許を付与されたこと、被告らが本件埋立水域に本件船舶を継続的に係留していることは当事者間に争いがないから、原告は、被告らに対し、公有水面埋立権に基づく妨害排除請求として、本件船舶の同水域からの撤去を求めることができる。

2  ところで、被告らは、公有埋立免許が水面の公用を廃止するものではないことを根拠に、本件船舶を係留して埋立予定水域(本件埋立工事水域)を使用しても埋立権者である原告の埋立工事を妨害したとはいえない旨主張する。公有水面埋立免許が付与されたからとて直ちに公用が廃されるものではないが、右は埋立工事を妨害しない限りでの自由使用が許されることを意味するにすぎない。そして、本件埋立工事水域から本件埋立水域を除いた水域に船舶を係留し、あるいは同水域を通航することは、直ちに公有水面埋立権を侵害するものということはできないが、被告らが本件埋立水域に船舶を係留ないし通航させていることは、それ自体、埋立工事の着手・続行を困難ならしめる事態であり、埋立権を侵害するものであることが明らかであるから、被告らの右主張は採用できない。

3  よって、原告は、被告らに対し、公有水面埋立権に基づく妨害排除請求として、本件船舶の本件埋立水域からの撤去を求めることができる。

また、「争いのない事実」欄記載のこれまでの経緯及び弁論の全趣旨に照らし、被告らが、原告による本件埋立工事を妨害するおそれも認められるので、原告は、被告らに対し、本件埋立工事に対する妨害予防として、本件埋立水域への船舶の進入禁止等を求めることができる。

なお、本件埋立工事水域から本件埋立水域を除いた水域が相当広い範囲であることが明らかであるから、同水域に船舶を係留し、あるいは同水域を通航することにより直ちに、本件埋立工事が妨げられるとはいえないうえ、その他の証拠を合わせて検討してみても、これが同工事の妨げとなることを認めることはできないので、原告の本訴請求中、同水域からの船舶の撤去と、同水域への船舶の進入禁止を求める部分は、理由がない。

二  争点2(特別使用権原の存否)について

1  前示のとおり、行政庁によって埋立免許が既に付与されているとしても、補償等の措置を講ずることが必要な特別利害関係人が埋立予定水域に存続していることが判明した場合には、その者との関係では補償等の所定の措置が済むまでは埋立工事の続行自体が許されないと解すべきであるから、埋立予定水域を使用している者が、公有水面埋立法五条に列挙された特別の利害関係を有することが抗弁(特別使用権原)になると解される。

しかし、被告らの主張する「慣習に基づく公共用物使用権」なるものは、仮に、その存在が認められるとしても、それが同法五条各号に列挙された特別の利害関係のいずれにも該当しないことは、同条各号の文言に照らして明らかである。

2  もっとも、被告らの主張するとおり、本件埋立水域の埋立がなされることによって被告らの被る不利益が、単に一般的に当然に受忍すべきものとされる限度を超え、被告らに特別の犠牲を課したものとみることができる場合には、憲法二九条三項、三一条の趣旨に照らし、さらに特別利害関係人(公有水面埋立法五条)に対し損失補償を義務づけた同法六条との均衡からいって、被告らの現実に被る損失について補償をすることが必要であり、補償をするまでは同人らを排除して埋立工事をなすことは許されないと解する余地がある。

しかし、本件において、被告らの被る不利益を右の「特別の犠牲」とみることはできない。すなわち、公有水面の埋立により水面の自由使用が制限されることは、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、それが既存の財産権の本質的内容を侵害するような強度の制限を課すものでない限り、原則として何人もこれを受忍すべきものである。本件に即してこれをみるに、被告らが主張する「係留権」なるものが、①生活上必須の利益として、法律上特にこれを保護すべき価値があり、②また、正当な使用として社会的に承認されていたと評価できるものでない限り、被告らはその被る不利益を受忍すべきものと解される。そして、被告らの本件船舶による公有水面の利用は、趣味の魚釣りのために船舶を係留するというものであって(被告岩﨑照、弁論の全趣旨)、これにより生活上必須の利益を得ていたということはできない。のみならず、(イ)本件港湾は、国(ないし国から委任を受けた都道府県知事)の管理すべきものであるところ、被告らの船舶係留が、行政庁との関係で港湾使用の許可を得ているわけでも、行政庁に対してその対価を払っているわけでもないこと(争いなし)にかんがみれば、それが一般の自由使用にとどまらないとすれば、もともとの行政庁の管理権と抵触する違法な行為であること、(ロ)本件船舶のようなプレジャーボートの係留は、その保有隻数の増加(海洋レクリエーション需要の増加)により近年社会問題化したものであって、それまでは、自由使用に任せておくだけで管理の必要がなかったこと(甲一二)、(ハ)近年、放置船舶が社会問題としても取り上げられ、プレジャーボート等の管理の必要が認識されるに至り、そのための条例を制定する自治体が相次いでいること(甲一二)等の事情からすると、相生港においても、被告らのプレジャーボートの係留が、正当な使用として社会的に承認されていたと評価することもできないというべきである。結局、被告らの本件船舶による公有水面の利用は、公有水面が一般人の自由使用に供されてきたことの反射的利益にすぎないものというほかないから、公有水面の埋立に伴う損失補償との関係では、これをもって直ちに補償の対象となる「財産権」(憲法二九条三項)と評価することはできない。

この点について、被告らは、(イ)公物に対する「特別使用権」は「特許」という行政処分によって成立するのが普通であるが、「特許」の形式によらず「慣習法上の権利」として成立することがあり、本件港湾における「係留権」も、民間において売買の対象として取り引きされてきたこと、(ロ)本件船舶係留のための公有水面使用が、多年の慣習により、ある限られた範囲の人々の間に、特別の利益として成立し、かつ、その利用が長期間にわたって継続して、平穏かつ公然と行われ、一般的に正当な使用として社会的に承認されるに至ったものであることを根拠に、本件の「係留権」は、右にいう「慣習法上の権利」に当たる旨主張する。なるほど、被告らの本件船舶係留の慣行は、被告らの前使用者の使用を含めると、少なくとも二〇年以上に及ぶこと、被告らがこの間(本件埋立免許付与まで)、本件船舶の係留について異議を述べられたことがなかったことは、被告岩﨑照本人尋問の結果、弁論の全趣旨からこれをうかがうことができる。しかしながら、前記のとおりの理由により、被告らの本件船舶による公有水面の利用は、公有水面が一般人の自由使用に供されてきたことの反射的利益にすぎないものというほかないから、これを「慣習法上の権利」とみる余地はないというべきである。被告らの主張は、採用できない。

3  よって、被告らの主張する抗弁(特別使用権原)は認められない。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、本件埋立水域からの船舶の撤去及び同水域への船舶の進入禁止を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・横田勝年、裁判官・三木昌之、裁判官・柴田誠)

別紙物件目録<省略>

別紙船舶並に動産目録<省略>

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